絵本「ドン・キホーテ」を紹介。ミゲル・セルバンテスさん原作。あきれるほどの思い込み。

皆さんこんにちはジーボです。

今回のお話は2017年発行、ミゲル・デ・セルバンテスさん原作、石崎洋司さん文、村上勉さん絵の「ドン・キホーテ」です。

あらすじ

スペインでのおはなしです。大へいげんラ・マンチャのちいさな村に一人のじぬしがいました。ごせんぞさまがきしだったせいかきしのしょうせつが大すきでした。きしのしょうせつをよみすぎてじぶんがきしだとおもうようになり、たびにでることにしました。

よろいもかぶともかびだらけ、うまもがりがりのおいぼれでした。それでもうまに『ロシナンテ』と名づけてまんぞくしていました。あとはじゅうしゃがひつようと、とおりかかったでぶっちょのうふにこえをかけました。じゅうしゃになればまものをたおしてこくおうへいかからくにをもらったらそれをやるとやくそくしました。のうふはよろこんでじゅうしゃになりました。まだよもあけないうちに二人はしゅっぱつしました。

ある日、ドン・キホーテは四本のながいうでをもったきょじんのむれにあいました。のうふのサンチョはそれがふうしゃあることをつたえました。そのときかぜがふきぬけ、ふうしゃがいっせいにまわりはじめました。ドン・キホーテはきょじんがしょうぶする気になったとおもい、ロシナンテでむかっていきました。のろのろ、よたよた、どてどて・・・・・人がはしるよりもおそくむかっていきます。ふうしゃにぶつかったドン・キホーテとロシナンテはたかだかとちゅうにまきあげられました。サンチョはむかっていったのはふうしゃだとドン・キホーテにいいきかせますが、ドン・キホーテはまほうつかいがふうしゃをきょじんにかえたのだといってききません。

さて、つぎの日のこと、ドン・キホーテはとこやにあいます。とこやのことをきしとよび、あたまにかぶっているバケツをまほうのかぶとだといいました。そしてまほうのかぶとをかけてしょうぶするといい、とこやにむかってかけだしました。とこやはびっくりぎょうてん。バケツをおいてにげだしました。

そして…

感想

あとがきによれば、原作者のミゲル・デ・セルバンテスはスペインの作家でこの本の原本「ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」で名声を博しました。聖書の次に世界的に出版されているとも言われています。ディケンズ、フローベール、メルヴィル、ドストエフスキー、ジェームズ・ジョイス、ボルヘス、大江健三郎など現代の作家に至るまで多大な影響を与えているそうです。

ジーボは今回初めてこのお話を読みました。風車を巨人に見立てて向かっていく話は聞いたことはありましたが、きちんとした形で読むのは初めてでした。ドン・キホーテのハチャメチャぶりはすごいですね。サンチョのようにただただあきれるばかりでした。

騎士の小説を読みすぎで自分も騎士だと思うところは若干共感できるところがあります。やくざ映画を見て映画館をでてくる人が肩で風切ってあるくような感じになるという話とよく似ているので。これほどひどくはないでしょうが、少なからず何かにあこがれて真似をすることが人にはあるように思います。

この本では旅はまだまだ続きますが、原作の終わりと同じなのでしょうか?原作の最後がどうなっているのか興味深いです。また、多くの作家たちが、どこに影響を受けたのかかも知りたいと思いました。

では、またの機会にお会いしましょう。

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