絵本 新美南吉さんの「ひろったらっぱ」を紹介。非戦の思いを込めて

皆さんこんにちはジーボです。

今回のお話は2016年発行、新美南吉さん作、鈴木靖将さん絵の「ひろったらっぱ」です。

あらすじ

まずしい男の人がいました。

まだわかいのにおとうさんもおかあさんもきょうだいもなく、ほんとうにひとりぼっちでした。

男はなにか人のびっくりするようなことをしてえらくなりたいとかんがえていました。

ちょうどそのころ、にしのほうでせんそうがおこっていました。

それをきいた男は

「よし、それではじぶんもせんそうのあるところにいっててがらをたて、たいしょうになろう。」

とひとりごとをいいました。

男はにしのほうにむけてしゅっぱつしました。

おかねがありませんでしたのできしゃやじどうしゃにのることはできませんでした。

村から村へ二本の足でてくてくあるいていきました。

いくさきで

「せんそうはどちらですか、せんそうは」

とたずねながらひと月もふた月もたびをしました。

するとだんだんせんそうのあるところにちかづいてきたらしく、ときどきとおくのほうからかすかにたいほうのとどろきがきこえてきました。

「なんといさましい音だろう」

男はむねをおどらせながら足を早めていきました。

そしてよるになってからねしずまった一つの村につきました。

男はお花ばたけのそばにあるくさやねのこやに入ってぐっすりねむりました。

男が目をさましてみると目のまえのお花ばたけがむちゃくちゃにふみにじられていました。

男がたおされた一本のけしの花をおこしてやろうとすると、そのねもとにらっぱが一つおちていました。

男はらっぱを見ると花をおこしてやることもわすれて、

「ああ、これだ。これさえあればじぶんはてがらをたてることができる。じぶんはらっぱしゅになろう」

とたいへんよろこびました。

男はいさましくらっぱをふきならしながら、またあるいていきました。

男はちょうどおなかがすいてきたころにまた一つの村に入りました。

男はあるいえのまどの下にたって

「おなかがすいてしょうがありません。なにかたべさせてください。」

とたのみました。

いえの中には二人のとしよりがいて、はらのすいた男をきのどくにおもい、一つのパンを三つにきってそのひときれを男にめぐんでやりました。

「あなたはどちらへいくのですか?」

としんせつなとしよりは男にききました。

「これからせんそうにきくのです。わたしはらっぱしゅになってりっぱにはたらきます。」

とこたえて男はとしよりたちのまえでいさましいらっぱをふいてきかせました。

きいていたとしよりはふかいためいきをついて、

「せんそうはもうたくさんです。せんそうのためにわたくしたちははたけをあらされ、たべるものはなくなってしまいました。わたしたちはこれからどうしたらよいでしょう。」

といいました。

男はとしよりとわかれて、なおもあるいていきました。

すると、なるほどとしよりがいったとおり、はたけはたいほうのわやうまのあしですっかりあらされていました。

どの村にもあまりひとはおらず、のこっているひとびとはみな青いやつれたかおをしていました。

男はこのひとびとが気のどくになり、せんそうにいくのをやめました。

「そうだ、この気のどくなひとびとをたすけてやれねばならない。」

男はあちらこちらの村にのこっているひとびとをひとところにあつめました。

そして。。。

感想

このお話はあとがきによると、1935年に非戦の思いを込めて書かれた作品だということです。

この作品が書かれた4年前には日本陸軍が中国へ侵攻して満州事変に突入していった時代です。

当時は国民の間にも戦争モードが盛り上がっていましたが、南吉のように危うい時代であることを心配していた人いたことを表しています。

今の時代でも共謀罪の成立や憲法の改憲の話を聞いて第二次大戦の時代を思い起こしているお年寄りはたくさんいらっしゃるでしょう。

若い世代の人たちもこの絵本のような本を通して平和に対する思いを深めてほしいと思いました。

では、またの機会にお会いしましょう。

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